古典舞踊 in チェンナイ Dakshinaさんのこと

だいぶ間が空いてしまいましたが、今年のチェンナイ・ダンス・シーズン覚書の続き。

5日目

Dakshina Vaidyanathan Baghel

実をいうと、彼女のために毎年チェンナイに行かなくてはならなくなってしまったのです。

初めて見たのは2013年のこと。正確には踊りではなく、お母さんのRamaさんの公演でひときわ目立っていた彼女を見かけました。

そのころはRamaさんを追いかけ始めたころで、とにかく最前列で食い入るように見入っていたわけですが、どの劇場に行っても、首筋に蝶のタトゥーが入った美しい人がいまして。大きく背中が空いたアナールカリーなどを着ていると、遠くからでもすぐに彼女と分かります。

タトゥーもよく似合っていたし、なんて見目麗しく女神のように美しい人なんだろうと思って眺めていたら、どのタイミングだったか、Ramaさんのお嬢さんであることが分かりました。

翌年の2014年、Ramaさんはマレーシアのバラタナティアムダンサーとのコラボで、『Brahma Kalpa – The Eternal Universe』というダンスドラマを上演しまして。

シンガポール公演に弾丸日程で駆けつけた際、初めてDakshinaさんの踊りを観ました。このときはまだ、Ramaさんとマレーシアの権威のダンスグループの一員という感じでしたが、私はここで彼女に恋に落ちました。古典の要素を入れた創作ともいえる分野で、エライもんを観てしまったと思いました。

明けて2015年のチェンナイのダンスシーズンはRamaさんと母娘デュオで『DWITA』という演目を上演。違う劇場で2回観ました。顔立ちも体格もよく似ている親子で、しかも師弟ですから、双子のようにシンクロする動きがみごとでした。この親子をずっと追いかけたい! ともうそればかり。

思えばDakshinaさんのダンサーとしての独り立ちのために数年がかりでプロモーションをしていたんですよね。

この流派はバラタナティアムの一門には珍しく北インドのデリーを拠点にしていて、衣装やジュエリーが南インドの感覚よりも控えめなんです。色味も渋いし、ジュエリーは吟味し尽くしたという感じで、ゴテゴテ飾り立てない。そしてそれがピタリと似合うのがまた素晴らしい。

2016年のシーズンは、いよいよ権威ある劇場でソロ公演をすると聞きつけ、もちろん駆けつけましたよ。

権威あるとはいっても、学校の講堂レベルの質素としかいいようのない小さなステージでした。が、そこでダイナミックに繰り広げられるVarnam(バラタナティアム公演で一番重要とされるメインの演目)を観て、もしかしたらお母さんよりも彼女のほうが好きかもしれない、という予感がしました。

以前このブログでも触れたRamayanaの一幕のアビナヤ演目を観て号泣したのもこの年のことでした。私の古典への理解が足りなかったせいもあって(いまも足りないけど)、それまで古典舞踊のアビナヤで泣いたことがなかったので、かなり衝撃的な舞台でした。

1月のチェンナイのダンスシーズンはあちこちの劇場でソロ公演が花盛りで、その中で頭ひとつ出るには、実力ももちろんですが、流派のグルの力、スポンサーの力、批評家の力、いろいろな力関係が渦巻いています。全然詳しくはないけれど、毎年来ていると「すっごい面倒くさそうな世界」というのは嫌というほどわかります。

翌2017年はついに、もっとも権威あるミュージック・アカデミーの午前公演デビュー。ここの午前公演は、ミュージック・アカデミーいち推しの若手ダンサーが舞台に上がるもので、ここで成功することで一流への道が待っている、という大舞台です。いよいよDakshinaさんがここで踊るのかと思うと、数年しか追っていない私も感慨深かったです。

そういえばこの時のステージでは勢いあまってバランスを崩し、転倒しかけた一幕があって、観ているほうは自分でもわかるくらい生唾を飲み込む音がしました。が、ナットゥワンガム(楽団の総指揮)を務める師匠のRamaさんを見ると眉ひとつ動かさずに演奏を続けていました。どんな失敗があってもステージが止まらないのは当たり前なのだけど、魔物がいると囁かれるミュージック・アカデミーの舞台でまったくの平静でいられる、その、それまで積み上げてきた想像もできないような鍛錬の歴史に、泣きました。

この年はほかの大御所ダンサーの公演のときにも欠かさず客席にいるDakshinaさんと何度もすれ違い、オリッシーの巨匠Sujataさんのときは、ずっといい香りが後ろから漂ってくるなあと思っていたら、なんと真後ろにRamaさんDakshinaさん親子がいたことに終わってから気づいて、”Hi!”なんて気さくに声までかけてもらって、ひっくり返るかと思いました。

その後、結婚もされて、幸せいっぱいな様子がFacebookで報告されていて、遠い親戚のおばちゃん気分で目を細めて眺めていました。

そして今年2018年。ミュージック・アカデミーの午前公演2年目。

もともと安定感のある踊り手ですが、この数年で一番、安定感が際立っていたと思いました。おそろしく正確でストイックなヌリッタ(型の連続で構成する純粋舞踊)をこれでもか、これでもかと過酷なまでに繰り広げ、それでいてどこまでも力強く、優美で、まさに女神。(比べるのも愚かではありますが)一応自分も同じ踊りを習っている身からすると、どのへんでどうしんどいか分かります。むしろそんな部分こそいっとう輝いていて、ほんとうに見惚れます。

個人的な好みでは、バラタナティアムの踊り手はあまり細すぎないほうがよいです。ある程度のボリュームがある身体が自在に動き、跳ね、伸びる、というところに、直線的で男性的ともいわれるバラタナティアムらしいダイナミックさがあると思います。

Dakshinaさんはまさにそんな踊り手。顔が小さく、手足が長く、体幹がたっぷりしていて、どんな体勢でもびくともせず、よくしなり、よく動く。全身が神がかっている。

そういえば、日本の古典舞踊の踊り手はブラウスに染みる脇汗を気にする人も多いのだけど、Dakshinaさんを観てからまったくもってくだらないと思うようになりました。

一曲目で染み出した脇汗が、二曲目には肩に広がり、三曲目あたりに30分以上あるメイン演目Varnamがあるので、その間に衣装がすべて汗に染まるんですよ。汗を含んですっかり色が変わったシルクの衣装は照明を浴びて光り輝いて、それはそれは美しいのです。

動くたびに飛び散る汗もキラキラして、いやあ、ほんと、綺麗。あの汗を浴びたい。あれ、だんだん変態じみてきました。ははは。

でも、脇汗を気にするなら気合いで全部変色させるくらい発汗しないといけませんね。たいへん下世話な余談ですが。

まあとにかく、そんな彼女を観たくて、毎年のチェンナイ通いが欠かせなくなってしまった次第です。

美しいものを愛でる、そういう楽しみがなくて、なにこの人生。