セクハラ? in インド -ブランコに揺られて-

セクハラが話題の昨今。

私のビジネスセンスのなさや無知をさらけ出すのもどうかと思って寝かせてあった話ですが、まあ、いいや。


リアル・未知との遭遇

すこし前のことになりますが、とある商材のOEM生産を見込んで、インドの片田舎の町に行ったことがありました。

事前のメールのやりとりで「小ロット生産OK、輸出業ライセンスあり、なにをどのくらい欲しいのか」というところまでは進んでいました。

お互い大企業ではありませんので、手探り状態ではあります。

先方は地元密着型の工場、こちらは極小スモールビジネスの個人事業主というわけで、次なるステップは先方の素性調査と当方の身分開示かなと思い、実際の工場を訪れてみることにしたわけです。

事前のメールは、社長の秘書という女性が代筆していました。

田舎の経営者ゆえ英語やPC操作が苦手なのか、もったいぶって細かいことは部下にやらせているポーズをとっているのか、判断はつかなかったけれど、秘書の文面は丁寧で行き届いていて、まことに申し分ありませんでした。

私はいつも末尾に”Ms”と自分が女性であることが分かるように記名していたのですが、あちらから来る書き出しがいつも”Mr”なのが、ちょっと気になるといえば気になってはいました。

今後のための顔合わせなので長居をするつもりはまったくなかったけれど、都市からは少々距離があるため1泊はしないと日程に無理があり「宿泊先の手配は任せてほしい」という連絡も来ていました。

こちらは単身で動くし、初めての土地勘のない場所だし、先方の懐にガバっと飛び込むには少々勇気がいるなということで、最寄りの鉄道駅にほど近いビジネスホテルを自分で予約しました。

ただその最寄りの鉄道駅はローカル線で日本からは切符の手配ができず、切符がとれたのは数十キロ手前の大きな駅まで。その先は、着いた駅の窓口で購入するつもりでした。

仰々しいお出迎え

インドに着き、翌朝、片田舎の最寄りの大きな駅までの列車に乗り込んだところ、再度、宿泊先の手配と、出迎えの時間の確認が。

宿泊先は手配済み、出迎えは不要だからアポイントの時間を決めてくれと返しました。サクッとですね、2時間くらいお話しできれば、というつもりでした。残りの時間は、ぶらぶらと周辺の観光などもしたかったし。

ところが。

早朝の私の返信に対して「出迎えの車を送った」との連絡が。数十キロ手前の大きな駅まで迎えをよこすのでローカル線には乗らなくてよい、とのこと。

おかげで、その大きな駅の周りでぶらぶら散策でもしようというプランはどうやら望み薄に。

着いた先の大きな駅では、社長の腹心らしき青年とドライバーと、名前がパッと出ないけれど、田舎で見かければ「ああ金持ちだな」とすぐ分かる仰々しい4輪駆動車が待ち構えていました。

チャイの一杯でもという間もなく、田舎の舗装の悪いガタガタ道をひた走ります。

寝不足でふらふらするのに知らない人間の車で寝落ちもできず。早々に先方のペースに乗ってしまったなという予感がしました。

午後遅くの到着になるし、今日のところはホテルに落ち着いてから改めて明日の訪問にしたい、という申し出は、即却下。工場に直行と有無を言わせぬ、取りつくシマもない感じ。完全に先方ペース。

腹心青年、仮にラジュー君としますが、英語がいまいちおぼつかなく、こちらのヒンディー語もかなり限定的で、意志の疎通というものがほとんどできないガタガタ道の3時間。わりと苦行。

インドの携帯電話は州ごとに管轄が異なるため、州境を越えてからは私のインド携帯の3Gは使えません。できるのは通話のみ。インターネットがあればGPSで自分の居場所がわかりますし、それを通話以外の方法で各所に知らせることもできますが、そういうSOS発信手段がないという面でも、ネットがないのは心もとないものです。

真似する人もいないと思いますが念のため書きますと、社命で動く企業人とは違いなんの後ろ盾もないので、こういう場合、森で目印に小枝を折っておく的な対策は必要です。

万が一に備えて、先方には首都で政府要職に就いている友人のことをちらほら話題に挟んでアピールしたり、移動の要所要所で自分の居場所や会う相手を、居合わせた周囲の人や、友人に知らせたりしていました。この際、虎の威でもなんでも借りられるものは借りておくべし、です。

君は神を信じるか

目的の工場に着いたときには、私、早朝出発、着替えや化粧直しの暇なし、ガタガタ道3時間、の揃い踏みでかなりヨレヨレ。日本で東京から大阪に移動したところでたいして疲労しないけれど、インドで同じ距離を移動するのは空でも陸でもそれなりにエライコッチャ、です。

工場自体も市街地からは離れ、車でないとたどり着けない田園地帯にありました。

「こちらへどうぞ」

と、花が咲き乱れるたいへん結構な細道を恭しく通された奥の奥に、社長室がありました。

「Welcome」と言われて対面した社長は50代前半くらい、一瞬、キョトンとしていました。日本からわざわざやってくるなら「ミスターとそのお連れ様御一行」だと思っていたのに単身でしかも女、なんだこりゃ、という戸惑いが見て取れました。

営業はあまり得意ではないものの、私も一癖も二癖もありまくる外資系企業に長年勤めていたゆえ、ビジネス上の初対面の印象操作にはわりと長けているほう、だと思います。

が。社長の先制は私の想定のはるか先。「Welcome」の次がいきなりです。

「Do you believe in God?」(君は神を信じるか?)

独特のアクセントがあったのもあり、聴き取りが悪かったのかと思い聞き返すと、壁面の神棚を指差して、再度、同じ質問。

よもやここでNoとは言えません。中学生の英語の授業のように「Yes I do…」と返すと、きょうび滅多に見られない風の、心底嬉しそうな満面の笑みが返ってきました。

以後、小一時間ほど、自己紹介に始まり、商材の品質や値段、輸出のタイミングなどの詳細を話し、インド側の手続きやバカにならない手数料等の諸経費など、想定よりもずっと好条件で話が進みました。

値踏みタイム

社長は、都会のビジネスマンのように流暢に英語を操るというわけではなく、教育を受けた地元名士として一応は意味はとれるしなんとか実用レベルで話せます、という感じ。思考のベースはヒンディー語(か地元語)で、やはりどこまでも地方の中小企業の経営者、という雰囲気。

次は工場内の見学をしたいと申し出たら、社長自ら案内を。

工場は広く清潔で、地元の田舎臭い女子たち(たいへんかわいい)がのんびり和やかに作業をしていました。

ポッとやってきた外国人女性(私)が珍しいのか、遠巻きにキャッキャしていたり、かといって社長の客だから馴れ馴れしくもできず、というあたりが私の萌え心を誘いますが、隣に社長がいるのであまり相好を崩してもいられません。

現在「工場内に来客用のゲストハウスを建設中だ」という社長に、どんどん奥まで誘導され。

8割くらい完成済みといった感じの居住区へ。ゲストハウスというだけあり何部屋もあり、どの部屋も間取りが広々としていて、窓からは周辺の田園風景や、庭の花々や緑が眺められ、お金持ちの定番、室内に天井から吊られた豪華なブランコもあって、そのほかの調度品もなかなか良い趣味。

工場内で働く女子たちの目線は無邪気で、この社長はいい経営者なんだろうなとは思いました。圧政をしき従業員を人とも思わずただの人夫として扱うタイプの経営者というのもインドには掃いて捨てるほどいますが、そういうところで働く人々は表情が暗いのです。少なくともここは、そういう非人情的な場所ではないようでした。

「私は地元の名士で、地位も金も十分ある。だから人々からの尊敬を集める以外のことにたいして興味はない。教育を十分に受けられない地元の女の子たちに働く場を提供しているし、さまざまな社会事業に貢献している」

企業のホームページがあるような規模の会社でもないし、こういうことは、メールのやりとりだけでは絶対にわからないものです。だから来てよかったと思いましたし、社長の人柄や経営方針にも賛同しました。

夜は夜で、地元で一番というホテルのレストランで会食に。疲れていたので正直なところ退散したかったけれど、出鼻から完全に先方のペースにはまっていたのもあり、乗りかかった船、ということで乗り込みました。

社長夫人、中学生のひとり息子も同席して、他愛のない映画の話で盛り上がったり。都会で大学に通っているという長女から電話で挨拶されたりもし、この話はきっとうまくいくに違いないと、なんとなく釈然としない部分はありつつも、全体的にはポジティブな方向に考えていました。

早朝の社交

翌朝、6時すぎ。

息子が迎えに行くから近くの遺跡を観光するようにと、提案ではなく決定事項として連絡が。

前日、商材の品質について、事前には判明せず解決していなかった点があり、私が望むものに仕上げるまで「待った」がかかっていました。

この日は試作品が完成するまで(まだ諦め悪くも)ひとりでぶらぶらと散策でもと思っていたのに、朝からガッツリ先方ペースです。丸抱えの普通の日本人の出張者ならそれでいいのかもしれないし、インド人ならなおのこと、そういった隙のない歓待を喜ぶのでしょう。が、私は苦手なのよね。自由がなくて少々しんどい。

とはいえ、中学1年生の息子は礼儀正しく、少年らしい純朴さがまた可愛く、なによりも英語が媒介語の私立校に通っている彼は言葉が普通に通じる相手として気が楽で、7時前にホテル門前までドライバーつき高級車(前日とは別の車)でやってきた彼と一緒に、地元で有名な遺跡や、祭り期間中に限定的に設置された遊園地などを見学しました。

ちなみに遺跡はホテルから数百メートルの距離。私にとっては完全徒歩圏内なのですが、インドのお金持ちは、かえって面倒であろうとも絶対に車で移動します。家と車と使用人の数とアップル社製品はステイタス・シンボルであって、利便性とか維持費がなんちゃらとか、そういうことは二の次なんですね。

その後、社長の自宅で朝食。夫人、息子に加え、社長の御母堂までご登場のご歓待(足に触れるインド式最敬礼でご挨拶)。客人を皆で取り囲んでサーブするインド的スタイル。見られながらひとりで食べて、会話もしてって、うーん、辛い!(笑)

この時点でまだ朝の8時台。昨日の今日で試作品はまだ完成していないだろうし、この後どうにかしてフリータイムに持ち込めないものかと思っていたら、今度はまた車に乗せられ。

連れて行かれた先は広々としたファミリー・テンプル(一族の専門の寺院)。周りを取り囲むお堀と、巨大かつ立派な祠が7つだったか、ああ確かに地元の名士なのだなと分かるプライベート寺院に参り、えらく真剣にお祈りする社長におつきあい。門番や小間使い少年や管理人も心得たもので、いちいち「ハハ〜ッ」と仰々しい。

マウンティングがどうのとかしましい日本社会ですが、インド人のマウント取りは直球ストレート、ナチュラルかつ抜かりがない。見栄を張りたいだけの小物もいますが、この社長はおそらくマウント取りという意識ではなく、あくまで遠方からやってきた客人への歓待であり、自分の手の内をある程度は見せようという心づもりなのかなと思いました。

そんなわけで私のフリータイムへの道は完全に絶たれ(笑)、その足で工場へ。

気まずい午後

案の定まだ試作品はできていません。

夕方には帰りの列車に乗らなくてはならないので、ちょっと急かしたりもし。

近隣に行ってみたい名所旧跡があったのですが、そんなことをうっかりいえば、どうせ社長もついてきてドライバーつき高級車。列車に乗り遅れたりしたらもう一泊することになりかねず、下手したら帰国便に間に合わないので外出は諦めました。ネットもつながらないし、やることもないので社長室で社長と過ごします。

が、そもそも言葉の壁もあって話すこともいい加減尽きてきます。社長が得意そうなこの地方のローカル政治経済ネタは私には無理、中央インドの政治経済ネタもお互いあまり得意ではなく盛り上がらず。

私の得意分野の映画や古典舞踊の話でもできればよかったのだけど、息子君が「父さんは仕事一徹、趣味はないよ」と言っていた通り、家督や事業の話がひと通り済むと雑談のネタに大変困ります。仕事にしか興味がないおじさんの相手ができるスキルが私にはありません。

ちょろちょろと試作品が上がってきて、逐一チェックなどします。指示した点をきっちり仕上げてくるのはすごいのだけど、あちらを立てればこちらが立たずというのか、全体的な品質がどうしても私の望み通りにならず、このままではこの商材を買って日本に輸入するという道がつきません。

最初に駅まで出迎えに来たラジュー君は技術面の責任者だったらしく、あれやこれややってはくれるものの、決定打にはなりません。おまけにどうにもこのラジュー君が私と目を合わせようとせず、すべての指示が社長経由になるのがもどかしい。

直接、本人に向かって話しているのにいちいち社長におうかがいを立てるんですよ。まあインド人の慣習だからしかたないか、とは思いつつも。

時間を持て余したのと、ちょっとイライラしているのが伝わったのか「少し歩こう」という社長の提案で、前日案内された建設中のゲストハウス方面へ。

駆け引きと脱出

うかうかしていたら、すっかり西陽の時間です。

前日いた工事人員の皆さんの姿がぱったり見当たりません。工場の従業員もここまでは来ません。

もしや、人払いした?

ハッと気づいたものの、時すでに遅し。

「まあ、そこに座ってよ」

座らされた室内ブランコ。インド映画でよく見る、お金持ちの必須アイテム。手彫りの装飾がとても素敵。窓の外には花咲き乱れる美しい庭園。西陽にアンニュイに照らされるイケてない田舎の社長。

やばい!

と思ったときにはすでに社長が隣に座り、ブランコを揺らしていました。

「君のこと、もうすこし知りたいんだ」

なんせここは社長のホーム。私は完全にアウェイ。サシの勝負なら女相手と油断しているのと小回りが利く分、勝算はあるかもしれないけれど、建物を抜け出したとしても市街地までは田舎道しかない田園地帯。地元警察はおそらく社長側につくから私には不利。携帯でネットはつながらない、通話はできるが回線は不安定。

数秒間に頭フル回転しますが、ここからうまいこと脱出する方法が思い浮かびません。

「なんで、ひとりでこんなところまで来たんだい? 人生に不満があるの? お金に困っているの?」

私も伊達に40数年生きてきたわけではなく、適当にかわすという技も一応は使えるつもり。しかしこれは、あまりに分が悪い状況で。

「君の望みはなんでも叶えてあげられるよ」

インド定番の「Noといわない事柄はYesと同義」の法則通り、返答に詰まっている間にもブランコに並んで座る距離が徐々に近づいてきて。

「君みたいな女性が、こんなに唇を荒れさせていちゃいけないよ。あ、白髪まであるじゃないか」

生え際に手が伸びてきた瞬間、飛び退きました。

「I don’t like this」(こういうの好きではありません)

逆上させないよう、静かに、これだけ。

ほしいのはお宅の商材であって、貴殿とのロマンスではなーい!

と喉どころか歯の裏あたりまで出かかりましたけど。このときネットがつながっていたら、間違いなくTwitterで「ないわー」と呟いていたことでしょう。

なにより私は、試作品がいい感じに仕上がってきている商材に未練がありすぎ、とにもかくにも穏便にその場を切り抜けねばなりませんでした。

何往復かの噛み合わない攻防があり、じりじりと工場の人がいる方面へ退散、なんとか危機は脱出。

見計らったかのようにラジュー君が現れて、最終試作品のチェック。

思えば彼は社長の腹心。工場のほかのキャピキャピした女子たちと違って絶対に壁を崩そうとしなかった……のはおそらく、「ボスの女」にうかつな言動ができなかったから、でした。

試作品はかなりの完成度。「これは、ほしい!」と思える仕上がりでした。

列車の時間が迫っており、私はこの試作品をひっ摑んで、あえての和やかムードで、なにも気づかない工場の女子たちと記念写真をバチバチ撮影。その輪の中に入って来ようとはしない社長も無理やり撮影。

証拠はたくさん集めておかないとね。

この社長は、この片田舎の狭いエリアでは名士かもしれないが、都会へ出たら萎縮するタイプ。アウェイには何人ものお付きを引き連れて来ないと安心できないってやつに違いありません。

「首都にいる政府要職の友人」「社長本人の画像」「工場では従業員たちと和やかに歓談」、そんなものをチラつかせ、深追いはしてくれるなと牽制し、ドライバーを急き立てて車を出しました(政府要職の友人はしょっちゅう虎扱いで威を借りてます、いつもありがとう笑)。

ラジュー君が同乗してきてときどき社長と電話していたけれど、こちらも通話はできるので適当に友人各方面などに電話などして対抗。

帰りはぶっ飛ばしていただき2時間で着きました。

純情かセクハラか

列車に乗り込み、ホッとひと息。

今後のことはまた連絡する、といいおいてきたけれど、さてどうしたものか。

工場側でできることとしては9割ほどできてはいたけれど、商品として売れる状態に持っていくまでには、まだいろいろとクリアしないといけないポイントがあり、全体としては3割行くか行かないかといった道のり。

残りの7割の道中、あのイケてない社長をどう懐柔したらいいのだろう。

奥さんと子どもと母親にまで会っていて、プライベート寺院にまで連れていかれ、こういう展開、ありえないと思いますでしょう?

それがあるのがインド。

自信を持っていえます(笑)

思い起こせば、しょっぱなの「君は神を信じるか?」がいきなりのオチでした。

社長、イケてないけど、いい人なんだと思うんですよ。

地方の比較的裕福な家に生まれて、家業を継いで、しかるべき相手と結婚して、真面目にがんばってきた人なんだと。

工場の従業員や家族など、社長を取り巻く人たちに会って、もし、悪徳インド人お得意の仮面を被り私を騙そうというのなら、よほど周到に仕込んだに違いない、というレベルでみんな普通にいい人たちでした。

そもそも対面するまで私をミスターだと思っていたくらいだから、そこまで仕込む余裕はなかったはず。私も少々ずるいので、悪徳インド人をあぶり出すときに使う、カマをかけるような質問などをときどき仕掛けてみたけれど、反応はぜんぶスーパー真っ直ぐのド直球でした。

商談のさなか、ブランコに揺られながらの危うい状況。

まあ、セクハラといわれてもしかたないと思うんですよ。

でもね、わたしゃこれ、社長の純情だったんだなと理解しています。だからトホホとは思っても、怒りは感じなかった。

それは神の采配

つまりはこういうことです。


50数年、真面目にがんばってきた自分に、神はご褒美を遣わせてくれたもうた。

ご褒美とは?

突然現れた中年の外国人女性とのロマンス!!!!!!

遠い日本から、人づてに聞いて探し出して、わざわざ自分を訪ねてくれた。

自分のところの商品がほしいという。

女ひとりでこんなところまでやってきて、とても疲れていて、なにやら訳ありな雰囲気だ(注:疲れているのは移動がハードで休む暇もなかったからだ!)。

ハニートラップというわけではなさそうだし、女房や子どものウケも悪くない。

自分にできることなら、なんでも望みを叶えてあげようと思う。家族も理解してくれるはず。

そしてふたりは、めくるめく愛の世界に生きるのだ……!


笑っちゃうけど、笑っちゃいけないのかもしれません。

すくなくとも、どこぞの政治家のように、権力をカサに無遠慮に美味しい思いだけをしようとか、相手を支配して悦に入ろうとするのとは、まったく違うと、思うの。

女性との接触などほとんどないまま、親が決めた相手と見合い結婚。

自分に課された義務を果たし、名士としての面目を保っていく。

寺院で熱心に祈る社長の姿を思い出すにつけ、私の登場は、衝撃で、非日常で、神の采配としか思われなかったのだろうな、と。

だから家族に会わせ、神聖な場所で神に面通しさせ、いわば「公然の情婦」のような道筋を立てようとしていたのだと、思います。

「君は神を信じるか?」

次に同じようなことがあったとしたら、返答は、

「いやー、インドの神様、なかなか手強くて」

だな。トホホ。

すんなりは終わらぬ

さて深夜ようやくのことで都市に戻り、やれやれと眠りにつきましたらば。

翌朝まだ夜も開けない時間に、社長から連絡が。

「昨日渡した試作品よりも良いものができたからラジューに持たせる。受け取れ」

私の帰国便はその日の夜。今度こそぶらぶらと街を歩こうと思っていたのに、ラジュー君が夕方こちらに着くというなら、いろいろ予定が狂いますってばよ。

言っておきますが、距離はけっこうあり、特急列車でも5時間程度、例の最寄り駅から出るローカル列車の鈍行だと7時間以上かかります。

マジかー?

ひとり部屋で叫んだものの、相変わらず、提案でも相談でもなく決定事項の連絡です。不器用なんだろうなとは思いますが疲れる相手です。

夕方、この数日というもの私のせいで移動ばかりだわ試作品作らされるわでヨレヨレのラジュー君からブツを受け取り、チェックする暇もなく私は空港へ。

ロマンスの幕引き

帰国後、毎朝毎晩、社長からWhatsAPP(LINEのような通話アプリ)にメッセージが入ります。

無事に着いたか? 食事はしたか?

そんな内容のほかに、シヴァ神、ラーマ神、ガネーシュ神など、社長が信奉する数々の神様たちの画像や動画が次々と。

インド人が中身などまるでないメッセージを送りつけてくるのはよくあることで、そういうものには短く適当に返答しておけばいいのです。

しかし社長は朝晩必ず。WhatsAPPは個人の携帯アプリなので、内容もごくプライベートなものです。

「ビジネスの話をしたいから、メールにしてくださいね」

パッケージング、販路、そういった細々した相談事や連絡はすべて、当初から使っていた秘書が管理するメールにしていたものの、そちらへの返信までもがWhatsAPPにきます。

帰国間際にラジュー君が7時間かけて届けてきた試作品を手に、しばし自問。

商品はほしい、だがロマンスはいらねえ。

心からの、叫び。

その後社長は「胡散臭いからやらない」といっていたFacebookやLinkedInの登録をしたと言ってきたり(そもそもインターネットに不慣れであった)、君のためなら無償で商品を提供するなどと言ってきたり、その合間に神様像や「なにしてるの?」的ないまどき中学生でもしないような意味なしメッセなど、あれやこれやとWhatsAPPで飛んできました。

私も負けずにあれやこれやと詰めたい事項をメールで返答。秘書もさぞかし困っただろうとは思うのですが、ここは譲れません。

1ヶ月ほど攻防が続いたあと、私は心底疲れ、いったん、手を引くことにしました。

WhatsAPPの履歴を一括消去。

商品には未練たらたら。惜しい。

ほんと、商社のおじさんたちには「なにやってんの?」って笑われそうですけども。

セクハラもタチが悪いが、純情ビジネスもややこしい、という話でした。トホホ。