愛の言葉 on バレンタインデー

20代のころ、立て続けに同世代の友人知人を亡くしました。

不慮の、としかいいようのない事故で、Why? しか頭に浮かびませんでした。

住民票を会社に移したほうがいいんじゃないかというくらい働き、つねに過労気味だった私は、思うところあって新卒で就職した会社を1年で退職しました。

心機一転、3か月の休暇のつもりでインドを旅して、あれやこれやあって、インド以外にも世界のあちこちを右往左往して、結局、5年間、ほぼ住所不定のほぼ無職でした。

(「あれやこれや」の詳細はおそらく前後編くらいの単行本になるネタの宝庫なのでいずれまた。笑)

旅したり、短期間の定住をしたり、添乗や取材や執筆など単発の仕事をしたり、イギリスでは学生ビザで働ける上限いっぱいまでとにかく稼ぎのいいバイトに明け暮れたり。

アラサーなのに確固たる目的もなく、先の見えない不安定な状態で、あっちにふらふら、こっちにふらふら。

なんだかいつもキツカッタ。

本日の一枚はそんなロンドン時代のもの。自分以外の世界のすべてが幸福そうに見えた。

でも、そのとき知り合い、助けてくれた人たちはいまでもとても大切な友人だし、そのころの経験がその後5億%生かされたりと、まあ人生なにがどうなるかわからないものです。

つまりなにごとも無駄はないのです。月並みですが。

私が好きなインド映画に『Zindagi Na Milegi Dobara(人生は1度だけ)』という、野郎三人スペイン旅のロードムービーがありまして。

父親の遺した借金返済に苦労して育ち、仕事第一、お金第一という価値観を持つ株トレーダーの、

「40歳までは死に物狂いで働く。その後は人生を楽しむ」

という言葉があってですね、それに対し、自由に軽やかに生きる女子が

「でも40歳までに死んじゃったらどうするの?」

と問う、その言葉にふと心を動かされた株トレーダーはそれまでとは違う人生の選択をしていきます。

この女子の言葉にすべてが集約されているよなあ、と思います。

100%担保された先々の安心安定などない。いともはかなく終わってしまうものもある。

だからいま、自分が楽しくて楽しくてしかたないと思うことをしていようと思います。

人生をあまり難しく考えてはいけません
おそらくほんとうは、もっとずっと簡単なものでしょうから

(チェーホフが恋人に宛てた手紙より)

大好きな人たちにはちゃんと「大好き!」とたくさんのハートマークをくっつけて、朝に夕にしつこく言い続けるんだぜ。

いつ、なにがあっても後悔がないようにな!

離れている人が多いのでチョコレートも花束も届けられないけど。

大好きだー!